ピューマ渡久地(渡久地隆人)が保育士を殴って逮捕!てんかん持ちだった?

ピューマ渡久地(渡久地隆人)が保育士を殴って逮捕!てんかん持ちだった?

事件の概要

7月1日に沖縄県うるま市石川にある石川多目的ドームの駐車場で、那覇市に住む保育士の男性の顔を殴ってけがをさせたとして、元ボクシング選手の男を逮捕しました。

その元ボクシング選手とは渡久地隆人(49)で、ピューマ渡久地というリングネームで活躍していました。

渡久地容疑者は容疑を否認しているものの、当時は酒に酔った状態で、保育士が乗っていた車のボンネットをたたいたために、口論になり、犯行に及んだといいます。

渡久地容疑者は保育士の顔を複数回殴り軽傷を負わせました。

元プロボクサー時代のピューマ渡久地

鬼塚勝也・辰吉丈一郎と共に平成の三羽烏と呼ばれ元フライ級王者でした。

プロボクサー時代は27戦23勝19KO、アマチュア時代には58戦53勝とかなりの数、リングに上がっています。

ボクシングが強く周囲の期待も高かったのですが、1991年には、試合直前に失踪し、無期限のライセンス停止処分を受けました。

その二年後に復帰を果たし、再びボクサーで活躍していたものの、1998年に、脳梗塞の疑いがあると診断されたことで、試合が中止になりました。

その診断は後に誤診と判明したものの、復帰まで一年を要しました。復帰後の試合は三回でTKO負けとなり、それが最後で現役の引退となりました。

引退後は沖縄でボクシングジムを開き、後輩の指導にあたっていました。

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名前 ピューマ渡久地
生年月日 1969年11月20日
出身地 沖縄県石川市(現うるま市)
身長 161cm
血液型 A型
学歴 興南高等学校卒業、日本大学農獣医学部中退
ボクシングスタイル 右ファイター

ピューマ渡久地はパンチドランカー?

ボクシングジムを開いた二年後、ボクシング協会の理事会の最中に渡久地さんは突然倒れました。

白目をむき、全身が硬直けいれんし、口から泡を吹いたといいます。

その時は脳梗塞を疑われていましたが、その後もたびたび倒れ、病院に運ばれることを繰り返し、検査の結果、重責てんかんであると診断されました。

突然発症したてんかんですが、ボクシングジムを開いたのちに、慣れないジム経営のために、ストレスに襲われ、酒におぼれた生活をしていました。

ボクシング時代に殴られたダメージ蓄積している、いわゆるパンチドランカー状態の中で、さらにお酒におぼれたことっで、それがてんかんを引き起こしてしまったのではないかともいわれています。

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ピューマ渡久地のてんかんの症状

ピューマ渡久地さんのてんかんは、正式には重責てんかんといって、すべての記憶を失っていく状態だそうです。

右半身のマヒも出ていて、食事をとるのも大変だそうで。

二女一男の子供がいて、長女はすでに就職した成人ですが、その長女に向かって、「小学生がなんでこんなに帰りが遅いんだ!」と怒鳴り散らしたことがあるそうで、かなりの重傷のようです。

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ピューマ渡久地さんと子供たち

まとめ

なぐられた保育士は気の毒ではありますが、ピューマ渡久地さんも重度のてんかんで酒が手放せなくなっていたようで、それにより、自分のコントロールがかなり難しくなっていたようです。

保育士さんはもちろん、渡久地さんも早く回復することをお祈りします。

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